本の感想日記

読書の感想などを書く日記代わりのブログです。

【漫画感想・ネタバレ】『不滅のあなたへ(1)』1話

不滅のあなたへ』は、大今良時による、少年漫画です。ジャンルは大河ファンタジー第43回講談社漫画賞少年部門受賞作で、2020年10月からはアニメ放送も予定されています。また、作者の大今先生は聲の形を描いたことで有名です。

実は以前に無料公開されていた一話を読んだことがありました。そのときはサラッと読んで終わりでしたが、アニメ化するなら読んでみようかなと思い立ちました。

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自分は現金な人間なので、無料に弱いです。

1巻には、1話から4話のエピソードが収録されています。

#1「最後のひとり」

謎の手が拳を握っている。手が開かれると、そこには球体が現れる。指先で支えられた球体は次第に指先を離れ、上空へと浮かんでいく。

球体の形をした”それ”はありとあらゆるものの姿を写し、変化することができる。”それ”の持ち主は「観察」のために”それ”を世界に放った。”それ”は石にぶつかり石に変化した。季節が巡るほどの期間ずっと石のままであったが、雪に降り始めた頃に、”それ”の前で息絶えたオオカミの姿を写しとった。”それ”は意識と動くための足を手に入れた。オオカミの姿で当てもなく歩き続けること2ヶ月間。オオカミの姿になった”それ”を「ジョアン」と呼ぶ少年の小屋に辿り着く。沢山の知らないものと屋内の温もり。”それ”にとって、少年の寝床は魅力的な空間だった。

少年は雪に包まれる朽ちかけの集落に住んでいた。ただ一人となった少年は集落の廃屋から木材を確保し、魚を釣って自給自足の生活を続けている。5年前、少年と集落の老人を残し「楽園」を探しに行ったまま帰ってこない集落の住人を待つ続けながら。ある日、少年が亡くなった老人達の墓参りをしていたとき、少年の小屋の方向からシャラシャラと音が響く。何かあったときの鳴子の」音だった。少年は興奮しながら走り帰り、小屋の扉を開けるが中には誰もいない。鳴子は魚が釣れたことを知らせただけだった。少年は「久々の大物だ」と空元気に大声を上げた。

魚を解体し食べ始めようとした少年は”それ”が魚に口を付けていないことに気付く。”それ”を飼っていたジョアンと勘違いしたままの少年は不思議に思いながらも、”それ”の目の前で魚を口に含み嚥下した後「ホラ」と口の中を見せて魚が安全だと伝える。”それ”は魚を食べ始める。魚の頭部に噛り付き、咀嚼して、飲み込むーーそして、「ホラ」と少年の前で口を開けた。少年は”それ”を見つめながら「なんだ、食べられるじゃないか」と言った。

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漫画の感想じゃないけど、動物描ける人って凄いなと思います。

少年は小屋の壁に何人もの似顔絵を描いている。ここに人がいたことが分かるように、自分が彼らを忘れないように祈りながら。少年は集落の住人を追うことを決意した。色々な人に会って色々なことを感じたい、なにより、世界を知りたいと思いながら。

旅路の準備を終え、いよいよ少年は”それ”と共に集落を出る。だいぶ歩き海がほとんど見えなくなり、少年はここまで来たのは初めてだとはしゃぐ。歩き続ける少年は雪の中に人為的に立てられたような石を見つける。石に積もる雪を手で払うと、石には矢印が描かれていた。少年は自分と同じように楽園を目指していた人が後の人のために残しておいてくれたのだと喜びの声を上げた。希望に満ちた少年はささやかな願いを口にする。野菜を食べたい、甘い果実を食べてみたい。熱が冷めぬ様子で、少年は自由を実感していた。

少年は矢印の描かれた石を頼りに旅を続ける。見つけるたびに進路があっているのだと安心と喜びを得ていたが、時間が経過し雪の降る季節になってしまう。そんな中、少年は低木を見つける。今まで少年が暮らしていた土地に木はなく、少年は目的地に近付いてきた証拠だと胸を躍らせる。足りなくなった薪き木用に枝を回収し再出発しとうとした少年の目に雪の中に埋もれる石が写る。人工的なものだが矢印の描かれている石とは違う。しかし、少年は石に見覚えがあった。その石は、少年の集落に残されたお墓とよく似ていてーー。

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記憶に残ってなかったので、多分二度目で気付きました。

石に気を取られた少年は川に気付かず落ちてします。這い出すことには成功したものの少年は右の太腿に怪我を負ってします。応急処置を済ませた後、少年は旅を再開させる。怪我は悪化していくが、少年は「皆と同じ場所に行く!」と歩き続ける。返答を返すことのない、まだジョアンと勘違いしたままの”それ”に話し掛けながら。

少年は雪の中に何かが描かれた石を見つける。無言のままに雪を払うと、石に描かれたのは矢印と矢印の上から重ねられたバツ印。周囲を見渡すと朽ちた車と輓獣の骨、集落にあるものと同じ墓を見つける。少年は無理矢理元気を出そうとするが声が萎んでいく。泣きながら少年は集落にある小屋に帰ることを決める。

尽きかけの体力で最後じゃオオカミの姿になった”それ”に引きづられるように少年は小屋に辿り着く。食料の備えもなく、また、怪我は深刻な状態になっていた。少年は熱に苦しめられながらも、顔を覗き込んでくる"それ"に笑顔を返す。自分の死期を悟り、少年は這いつくばりながら椅子に座る。もし、誰かが帰ってきたとき、寝ているより座っている方がかっこいいからと。そして、やっとの思いで椅子に座り"それ"に向かって言った。

「僕のこと……ずっと覚えていて」

笑顔を浮かべながら少年は息を引き取る。バランスを崩した少年の遺体は椅子から転げ落ちてします。”それ”は少年を椅子に戻そうとするも、オオカミの姿では上手くいかない。”それ”の腕が突然人間の腕に変わる。”それ”の足が、胴体が、そして体が次々と変化する。”それ”は人間になった。遺体となった少年と全く同じ容姿の人間に。

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飄々としているように見えて、少年のことを気に掛けていたんだなと思えました。

”それ”は少年の小屋を去っていく。新しい刺激を求めて。少年がかつて夢見た、色々な人に出会い、色々なことを感じるために。

 

感想

この1話は以前に無料公開で読んだことがあるお話です。淡々としていて(少年にとっては)あまり救いのある終わり方ではなかったことで印象に残っていました。

この話の特徴は目的を持って動いているのは”それ”の元々の持ち主であり、話の焦点が当てられているのはただ「観察」されている側であるという点です。そのため、最初の頃は話の目的や主題が分かりません。大河ファンタジーとしてその世界観を楽しむことは十分にできますが、エピソードは今のところ登場人物達がただ理不尽な運命に翻弄されているようにしか見えません。”それ”が変化していくことで、今後良い方向に運べるようになると良いなとは思いました。もしかしたら、それが物語の主題なのかもしれません。

そういえば、気になったことが一つあります。少年の過ごしていた集落は氷と雪に囲まれ、少年の言葉を信じるなら木も生えない土地にあります。しかし、集落の建物には木材が使われており、建物の中には暖炉があります。また、少年は「野菜は昔食べたことがある」と言っています。つまり、以前はそれらが集落に届くような流通があった筈です。少年が一人で過ごしていたときにはそのようなものが集落に訪れた気配はありません。少年はいつも魚を釣って食べていたようですし、暖炉にも廃屋の木材を使っていました。何があったか分かりませんが流通が止まったことがきっかけになって集落の人間は「楽園」を目指したのかもと私は予想しました。しかし、過去に交流があったのなら目的地まで辿り着いている住人がいてもおかしくはないと思いますが、少年の集落の人間は本当に全滅したのでしょうか。「行き止まり」には結構な数の墓がありましたが、それをその場所に建てた人間も集落の人間の可能性が高いような気がします。その人も同じ場所に骨を埋めたのでしょうか。また、恐らく「楽園」は2話からの舞台だと思われます。向かっていた方向自体は合っていたんですよね。少年が諦めず「行き止まり」から倍の距離を歩いていれば目的地に辿り着くことは可能だったのでしょうか。と、ちょっとモヤモヤしました。

【読書日記】御手洗潔シリーズ『占星術殺人事件』part2

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文次郎の手記

この手記の内容を大きく二つに分けると、

・罪の告白

・独自調査

に分かれています。

 

罪の告白では、文次郎(飯田の父)がどのように占星術殺人事件に関わっていたかが書かれていました。

まず、おさらいすると、占星術殺人事件

⑴梅沢平吉の密室殺人

⑵平吉の長女・金本一枝の強盗殺人

⑶平吉の屋敷に住む六人の娘の殺人と死体遺棄

の三つの事件からなります。この事件の名を日本に知らしめた要因は、梅沢平吉が残した小説(遺言状)と⑶の事件です。生前、平吉は占星術に従い選んだ六人の処女の頭部・胸部・腹部・腰部・大腿部・下足部を組み合わせることで理想の女性を作り出そうとしていました。平吉が亡くなってから、小説に書かれた通りに身体の一部をなくした六人の娘の遺体が全国各地から見つかりました。しかし、日本を震撼させたこの事件は犯人が見つからず四十年以上も未解決なままです。

文次郎が関わった事件は⑵の事件と⑶の死体遺棄です。

正確にいうと、文次郎は⑵の事件には関わっていません。ある夜、文次郎は駅の前でうずくまっていた女性を助け家まで送り届けます。そして女性の家で一夜限りの関係を結び、いつもより二時間遅れで帰宅しました。そのときは大したことにならないだろうと思っていた文次郎ですが、翌々日に一枝の遺体が発見されたことで状況が一転します。文次郎が女性を送り届けた家こそ金本一枝の家でした。加えて、遺体発見後の検分で一枝の死亡推定時刻は文次郎と女性が一緒にいた時間帯と全く同じだったのです。また、一枝の遺体から発見された犯人のものと思われる体液は文次郎と同じO型であり、状況証拠から見れば文次郎が犯人であることを示していました。

恐怖を抱き数日を過ごした文次郎の元に手紙が届きます。手紙には、文次郎が金本一枝を殺害した証拠を公表されたくなければ、六遺体を同封した地図に示す場所にそれぞれ遺棄しろという主旨の内容が書かれていました。文次郎は自分は殺した訳ではないと思いながらも、弁明することがとても困難であることに気付いていました。また、仮に犯人でないことが証明できたとしても、事実だけで警察官で妻子持ちである文次郎は路頭に迷うことになります。

そのため、文次郎は手紙に従います。これが⑶の事件と文次郎の関わりです。病気の妻の看病と偽って休暇を取り、日本各地の指定場所に六体の遺体を埋めていきます。色々な意味でギリギリでしたが、文次郎は手紙の指示を完遂します。そして、その後の警察官人生を怯えながら過ごすことになるのでした。

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その選択は!もっとヤバイことに加担してる‼︎

独自調査は、警察官を退職した文次郎が事件の解明のために費やしたことが書かれています。

生き残った梅沢家の面々、生前平吉が出入りしていた店や関係者の元を訪れ、話を聞いていきます。

生き残った梅沢家の(関係者の)人間として文次郎が調べたのは、

・平吉の弟の妻である文子

・平吉の前妻の多恵

・平吉の後妻の元夫である村上諭

の三人です。事件当時文子と多恵は警察から嫌疑をかけられ捜査を受けていたため、反対に文次郎は嫌疑を免れた村上諭に疑いを持ちます。しかし、実際に話を聞くと村上諭には嫌疑を免れただけのアリバイがあり、文次郎は警察が白だと判断した者は調査の対象から外すべきだと教訓を得ました。

平吉が通った一杯飲み屋「柿の木」の関係者として調べたのは、

・おかみの里子

・客でマネキン工房の経営者である緒方厳三

・緒方に使われていた安川民雄

・客で画家の石橋敏信

の四人です。平吉は「柿の木」には月一でしか通っていなかったため、そもそもおかみの里子は関係が薄かったです。店の客の中で、平吉が工房やアトリエに押しかけた緒方厳三と石橋敏信にはアリバイも動機もありませんでした。緒方と行動を共にしていた安川民雄にはアリバイがある事件もあればない事件もあり、文次郎は安川を微妙に疑っているようでした。

平吉が通った画廊「メディシス」の関係者として調べたのは、

・女主人であり平吉の愛人であった冨田安江

・客で彫刻家の徳田基成

・客で画家の安部豪三

・客で画家の山田靖

の四人です。富田安江は事件当時に嫌疑がかかったため捜査は十分にされています。文次郎が最も怪しいと睨んでいた徳田基成は文次郎が尋ねる前に亡くなっていました。彼は動機がない上に妻の証言とはいえアリバイが確認されています。安部豪三も既に亡くなっています。徳田の後輩という関係で平吉と仲良くなりましたが、平吉と年が離れていたため店以外での交際があるとは思えず当時住んでいた場所も遠かったです。山田靖は温和の性格で、平吉の友人というよりも気難しい平吉とも言葉を交わせるただけの相手です。平吉は彼のアトリエを訪ねたことがあるものの山田の妻が目当てでした。そして、山田夫婦には動機もアリバイもありません。

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まだ心象による犯人予想(推理じゃない……)

 

【読書日記】御手洗潔シリーズ『占星術殺人事件』part1

読書の習慣を付けたいと思い、ブログで読書日記を始めました。今のところ、目標は一週間で一冊。慣れている人には「それだけ?」と思われるかもしれませんが、今の自分には割と精一杯です。

 

さてさて。

新しい本を読もうと思ったので、やる気のある内に即行動。ネットで書籍を探し始めました。

ジャンルは取り敢えずミステリ。理由は犯人が分かるまでは途中で飽きないかな、と考えたためです。それで、最初はホームズ・シリーズで読んでいない作品を読もうかとも思っていたんですが、有名なミステリ作品の並びを眺めていたときに気になる物を見つけました。

ーー『御手洗潔シリーズ』。

「御手洗」と書いて「みたらい」と読む。探偵の名前のインパクトで覚えていた作品です。

今回読む『占星術殺人事件』は、島田荘司による、御手洗潔シリーズの一作目です。御手洗潔シリーズは2015年にドラマ化されていますが、私は見たことがありません。

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購入時の(1分で終わった)葛藤

プロローグ 

不思議な事件(題材となる「占星術殺人」)が起きてから四十年以上が経過しているが、犯人が見つかっていないことが述べられています。また、物語の中で解答がなされる前に、読者は答えに辿り着くことが可能であると記されていました。私も出来るところまでは頑張ってみようかと思いました。

 

AZOTH

※アゾート。水銀という意味だが、フィクションの中で出てくるときは「賢者の石」という意味合いが強い気がする。この物語の中では「哲学者のアゾート(石)」と述べられていた。

この章は丸ごと『AZOTH』という題の作中作で、梅沢平吉という人物が自身の遺言状代わりに作成した小説です。自叙伝っぽいのかな。

正直に言って、一部に入る前から情報過多でした。現場で推理というものとは異なり、情報を基に推理を行うタイプなので、特に。こういうタイプのミステリは読んできたことなかったです。ドラマだと、『未解決の女 警視庁文書捜査官』と構図が近いのかな。迷宮入りしそうな事件の真実を「文字」から紐解く、という意味で。あのドラマも原作は小説なので、いつか読みたいです。

話を戻します。

『AZOTH』の話を掻い摘むと、梅沢平吉という男には元々怪物が潜んでおり、怪物そのものと化した梅沢平吉が、理想の女「アゾート」を作り出そうとしている話でした。その中で、「アゾート」の肉体を作るために適した星座宮の六人の処女が必要だと述べられ、屋敷の中には丁度六人の娘達がいること、そして、その人数の娘達が屋敷にいる理由を語られ、梅沢平吉の過去・恋愛遍歴と続きます。

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ミステリ定番のドロドロとした人間関係

↑これでも、登場人物は全員ではありません。

ミステリによくある様に人間関係が複雑です。梅沢平吉は結構奔放な男性です。性癖は本人の自由ですが、不安定で強引で、尽くやらかしています。

探偵の性格がヤバイって評価でしたが、探偵登場前から凄まじい人物が出てきた!って感じました。ミステリの登場人物って変わり者が多いし、これはある意味定番なのかもしれませんが…。

 

I 四十年の難問

やっと探偵・御手洗登場。正確に言うと、彼は探偵ではなく占星術師です。語り手は、助手の石岡和己。石岡は約一年前のちょっとした事件がきっかけで御手洗の教室に入り浸るようになっています。そして、無料で助手をしているらしいです。石岡はミステリ中毒者で現在まで社会の謎として生き残っているものは大体本で読んで知っており、当然、日本を震撼させた「占星術殺人事件」の詳細や四十年間でなされた推理も把握しています。反対に、御手洗は世の中に興味がないため事件の名前事態聞いたことがありません。そんな二人の元にーーつまり、御手洗の占星術教室にーー飯田という婦人が現れ、自分はかつて「占星術殺人」に関わった当事者の娘であり、まだ誰の目にも触れていない証拠資料を渡す代わりに事件を解決するように依頼されます。あれ、探偵っぽいな。

占星術事件は大きく三つの事件からなっていました。

⑴梅沢平吉が被害者の密室殺人

⑵別居する長女・一枝が被害者の強盗殺人

⑶梅沢平吉の屋敷に住む六人の娘が被害者の狂気殺人(アゾート)

※先の『AZOTH』とは登場人物の名前が異なる

⑴⑵⑶は起こった順番で並んでいます。ここで既におかしいことが一つ。⑶の事件を計画したのは梅沢平吉である筈なのに、⑶が怒る前に彼は亡くなっています。また、この三つの事件の中で⑵の事件だけが浮いているんです。

事件について一通り石岡に質問した御手洗は、いよいよ推理を始めます。

はじめに飯田が持ってきた資料に目を通さずに、⑴の事件から順番に御手洗は推理していきますが、推理速度は優れているものの、四十年間に警察や国民が推理してきた推理の中には御手洗の推理と同じものがあり新しい解答が出せません。

飯田の資料がない状態でも、⑴の事件単体なら「こういうトリックでいけば出来そう」というラインまで届いています。

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御手洗の言動は今のところ戸惑いこそすれ、個人的には許容範囲でした

いよいよ、御手洗と石岡は飯田が持参してきた資料を目にします。それは飯田の父親である文次郎が残した手記でした。

 

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新感覚‼︎本格ミステリ『屍人荘の殺人』

『屍人荘の殺人』は、今村昌弘による、ミステリ小説です。

2019年に映画化もしている小説です。私は映画は見ずに小説だけを読みましたが、成程映像化が成功しそうな作品だと思いました。エピソードの中に、画面映えしそうなシーンが幾つも出てきます。この小説の最大の特徴は「超常現象が起こる推理モノ」であるということです。作品のジャンルはミステリですが、個人的にはホラー・ミステリ(もしくは、SFミステリ)と呼びたいです。およそ有り得ない事態が作中で進行しています。しかし、肝心の推理要素もしっかり組まれており、本格ミステリとしても楽しめます。国内ミステリーランキング4冠を達成している小説です。

 

新感覚なミステリが読みたい!という人にはオススメです。今までにないミステリ展開です。反対に、古典ミステリの雰囲気を壊したくない人ミステリに超科学は御法度だと考えている人にはオススメ出来ないと思います。

 

あらすじ

ミステリー好きの大学一年生「葉村譲」は、大学入学時にミステリ研究会に入るも、周囲との情熱の差にうんざりしていた。そんなとき、「ミステリ愛好会の会長」を自称する三年生「明智恭介」に声を掛けられる。趣味談義で明智と意気投合した葉村は、その日のうちにミステリ愛好会に入ることを宣言する。

明智は常に「本物の事件を解決したい」と考えて行動するため、怪しい噂に積極的に首を突っ込んでいく破天荒な人物。そんな彼が次に目を付けたのは、映画研究部の夏合宿。夏のペンションに浪漫を感じた明智は「同行したい」と映画研究部に突撃するが、勿論断られ撃沈。諦めきれない明智と彼を嗜める葉村の前に、不思議な美少女「剣崎比留子」が現れる。剣崎は自分と取引をする代わりに、剣崎に同行する形で映画研究部の夏合宿に参加しないかと提案する。

八月。葉村と明智が飛び入り参加した映画研究部の合宿の雰囲気はどこかピリついていた。合宿は表向きは映像撮影という目的を掲げているが、実際はOBが主催するコンパの場だった。そして、昨年の合宿で起きた諍いが原因で、大学を退学した者がいたのだという話を聞く。不穏な空気の中、夕食のバーベキューで葉村が大切にしていた時計が盗まれてしまう。明智と剣崎による犯人探しが行われるも、結局時計は戻って来ず、葉村は絶対に取り戻すことを心に決めながらも「今日は諦める」と事態を収める。そして、その後行われた肝試しで「事件」が起きる。なんとゾンビが現れ、人間を襲い始めたのだ。

明智を含め犠牲者を出しつつも、葉村たちはペンションの二階と三階に籠城することに成功する。携帯も電話も繋がらない状況で不安のまま一夜を過ごした面々だったが、翌朝、三階の部屋に泊まっていた筈の演劇研究部員がゾンビに喰い殺された姿で見つかる。バリケードは崩されておらず、また、部員を襲ったゾンビの姿もない。そして、部屋からは明らかに人の手で残された「いただきます」「ごちそうさま」という文字が書かれたメモが見つかる。部員を殺したのはゾンビか、人間か。葉村と剣崎は事件の真相を解き明かそうと推理を始めるが、ゾンビの猛攻は終わらない。ついに、二階にもゾンビが進入を始める。それと同時にペンションのエレベーターの中で二つ目の死体と「あと一人。必ず喰いに行く」というメモが見つかる。

今まで曖昧な体でゾンビの情報を伝えていたニュースだったが、ついに官房長官が現れる事態になる。ゾンビ化の原因がある大学准教授による殺人ウイルスのばら撒きであることが分かるものの、自衛隊の救出にはまだ時間が掛かってしまう。殺人予告に怯え、部屋に閉じ籠る人物も出てくる中で、ついには三階の非常扉がゾンビによって破られる。三つ目の死体が見つかるも、そのまま屋上へと続く階段がある倉庫に逃げ込む算段をする生存者たち。そのとき、生き残った映画研究部員の一人が剣崎に尋ねる。貴方には既に犯人が分かっているのではないかーーと。

剣崎は静かなため息をついた。彼女はある人物を思いやって、今まで口を噤んでいたのだ。しかし、断固たる意志で真実を知りたいと述べる部員を前に、剣崎はやっと口を開く。そして、ついに審判のときが始まる。

 

感想

ソンビが出てくるミステリだからと敬遠していたら勿体ない。私は知らずに読み初めしたが、そう思わせてくれる力がある小説でした。古典ミステリとは様相が異なるものの、私は本格ミステリとして楽しめました。

この小説の特徴は、やはりゾンビが出てくること。公式では伏せられている事実なので、事前にネタバレを見ない限り、読んでからのお楽しみということになります。私もネタバレを見ずに読み始めたので「あぁ、屍人荘ってそういう……」と衝撃を喰らいました。ゾンビが出てきた時点では小野不由美先生の「ゴーストハンター」シリーズのようになっていくのか?と読み進めましたが、超科学とミステリとで全く違う展開をします。『屍人荘の殺人』で起きる超常現象(ゾンビ)の法則はより厳格であり、それ故に人為的な殺人のトリックに活用されたり、そのトリックを探偵役が解き明かせたりが出来たのかなと思います。

また、小説に隠された(隠れてはいない)ギミックにより細部まで読み込んだ読者なら探偵役と同じタイミングで犯人を当てることが出来るようになっています。私は剣崎さんの推理を読むまで、それに気付きませんでした。読んでから、ページを捲って「あ、本当だ」となった方の人間です。ミステリ小説では定番のコレを推理に絡めるか〜とある種の感動を覚えました。館を舞台にするミステリならでは、という感じでした。

個人的に少し残念だったことは、大層な姓を持つ明智があっさり脱落したことです。読み返すと本当に「え、ここで?」というタイミングで消えます。ミステリに探偵二人はいらないという位バッサリと。剣崎さんの事件を惹きつける体質はコナンや金田一少年に似ているので、服部平次明智健悟のようにライバル役がいても良かったのに…と、正直思いました。でも、剣崎さんと明智では踏んだ場数が違うのでワンサイドゲームになってしまうのか…?

最後に、真犯人の動機について。簡潔に言うと「復讐殺人」だったんですが、殺害方法にゾンビを使った理由がちゃんと動機に絡んでいて驚きました。個人的に、復讐を動機とした場合、犯人に共感できることは殆どありません。今回も動機にそこまで共感はしませんでしたが、犯人がトリックを組み上げる中で重要な意味を持っていたため、「そうだったんだ」という納得を得ることが出来ました。

アニメ・マクロスFの補完になるノベライズ作品、小説版『マクロスフロンティア』

小説版『マクロスフロンティア』は、小太刀右京による全4巻の小説です。1巻からそれぞれ

・クロース・エンカウンター

・ブレイク・ダウン

・アナタノオト

トライアングラー

というサブタイトルが付けられています。アニメ見てると懐かしい名前ですね。

これらは、2008年に放送されたマクロスシリーズの25周年記念作品である「マクロスF」のノベライズ作品です。

 

マクロスFで語られなかった物語も読みたい!という人にはオススメです。反対に、アニメのBlu-rayの代わりに此方の購入を考えている人にはオススメできません。

 

あらすじ

物語の本筋はアニメ版と変わりません。

第一次星間大戦が勃発し、壮絶な戦いにより地球は死の星に変貌する。地球を再生させると共に、星間大戦の再発に備え、決戦を乗り越えた人類と一部のゼントラーディ人は「宇宙移民計画」を立案。そして、超長距離移民船団が結成され、新たな新天地を求めた銀河への果てしない旅路が始まった。

マクロスフロンティアは、時系列的には第一次星間大戦から半世紀後。舞台は第25次新マクロス級移民船団マクロス・フロンティア。フロンティアは、医療目的以外のインプラント技術(サイボーグ化のようなモノ)が禁止されており、船団の中には地球の環境を再現した船も存在する自然感重視の船団である。

そのフロンティアに、銀河の歌姫と呼ばれるシンガー「シェリル・ノーム」が来訪するところから物語は始まる。シェリルのファンで歌手になりたいと願う少女「ランカ・リー」。本物の空に憧れパイロットを目指す「早乙女アルト」。彼ら3人は、歌手として、観客として、アクロバットスタッフとして、それぞれシェリルのコンサートに集う。しかし、コンサートの途中でフロンティアは謎の地球外生命体「バジュラ」による襲撃を受け、フロンティア船団はバジュラとの戦いに身を投じていくことになっていく。

フロンティアがバジュラによる襲撃を受けた際、街中に出たアルトは目の前で命を落としたパイロットが遺したVF-25に乗り込み、恐怖とトラウマによって動くことが出来なくなったランカを救う。しかし、コピック内でランカがパニックを起こしたことで機位を失い、二人を乗せた機体は増築を繰り返したことにより生まれたフロンティアの地下迷宮に落ちていった。一方、シェリルもバジュラと鉢合わせになり、マネージャーである「グレイス・オコナー」に手より地下に続くシュートに逃される。朽ち掛けの地下街で再び顔を合わせる3人。憧れのシェリルとデュエット出来たことで、より強く歌手になりたいと思いようになったランカ。そして、かつて歌舞伎の天才児として一つの芸術を極めたアルトに、シェリルは個人的な興味を抱くようになる。

犠牲者を出したもののフロンティア船団の旅は続く。アルトは民間軍事会社S.M.Sのパイロットとなり、ランカもアイドルとしてデビューを果たす。平穏な日常に戻ったかに思われたが、暗雲は立ち込める。人生の全てを歌に掛けたシェリルは突然体調を崩し歌うことが困難になる。また、バジュラの生態調査の中でランカの歌にバジュラの戦闘体制を混乱させる力があることが判明したことにより、過去に家族を失ったトラウマから戦闘を忌避するランカもバジュラとの交戦に投入されることになった。

ランカの歌によりバジュラの勢力圏からのフォールドに成功したフロンティア船団だったが、既に船内に潜伏していたバジュラの幼生が一斉に羽化したことで、壊滅的な被害を受けてしまう。事態を収束させるため、ランカの歌でバジュラを集め、一気にフォールド爆弾で飲み込んだ。英雄として祭り上げられるランカだったが、人類の中で唯一バジュラとコミュニケーションが取れる彼女にとって、バジュラと人間の屍の重さは同じであり、先の作戦は虐殺と同義だった。せめて仲良くなったバジュラの子どもだけでも仲間の元に返すべく、ランカはフロンティア船団から離別。英雄から裏切り者へと名を落とす。

家族を失い誰からも見向きもされない孤児として貧しい幼少期を過ごしていたシェリルは、歌によって今の名声を手に入れており、歌うことが彼女の全てだった。しかし、体調不良による活動休止の間に、ランカが歌により文字通り「人類を救った」ことを目の当たりにし焦燥感を覚えるようになる。そんな最中、シェリルはグレイスがランカのマネージャーになったことを知る。自分に何の知らせもなかったことでシェリルがグレイスを問い詰めたところ、グレイスは衝撃の事実を口にする。シェリルは治療法のないV型感染症の罹患者であり、命を落とす運命にあると。一度は歌を捨てようとまでしたシェリルだが、船内で羽化したバジュラによる攻撃の中で、平穏をくれたフロンティアでの日々を思い出し、それに応えるために再び歌うことを決意する。

アルトは戦禍で友人のミシェルを亡くし、バジュラを憎みあまりランカからも別れを告げられ、そして、シェリルの命がもうすぐ尽きることを知らされる。また、新政府の陰謀を知ったS.M.Sは、アルトを含む一部の隊員を除き、混乱の中にあるフロンティア船団を離脱する。残されたアルトは政府軍に従事し、シェリルと残された時間を過ごしながら、フロンティア船団本来の目的である新天地を目指す。

新天地に選ばれた惑星はバジュラの星だった。V型感染症に冒されたことでランカと同じ能力を得たことを知らされたシェリルは、アルトと共に星を賭けた戦いに挑む。一時は優勢に思えたバジュラとの決戦だったが、操られ自我を無くしたランカが現れたことで戦況は逆転する。絶体絶命のフロンティア船団の前に、離脱した筈のS.M.Sが現れる。S.M.Sは新政府の不正を掴んでおり、また、船団に残されたアルト達も独自のルートを使ってその情報を各方面にリークしていた。アルトはランカが助けたバジュラの幼体と協力し、ランカの意識を取り戻すことに成功する。ランカの歌で、シェリルの体を蝕んでいた細菌が無害なものへと変わっていく。ランカとシェリル、二人の歌が銀河に響き、人類を巨大な群体生命だと考えていたバジュラの誤解が解かれた。バジュラは最初に受けた攻撃が人類の総意ではないこと、人類にも自分たちとの戦いを望まない者がいることを理解し、人類と和解することを選ぶ。しかし、同じ銀河にいれば戦いは避けられないからと、バジュラは別の銀河へ去っていく。フロンティア船団はバジュラが残した星に降り、新しい未来が始まるーー。

 

感想

楽しめる人は選ぶと思うけど、個人的にはすごく面白かったです。

先にも言った通り、話の大筋はアニメ版とは変わりません。ただ、端々に結構な違いがあります。元々25話のアニメを4冊にまとめているので削られているエピソードがあったり、アニメ版にはない登場人物の過去が描かれていたりーーアニメ版とは違う印象を与えます。なので、登場人物のアニメ版のキャラクター性が好きで、それ以外は解釈違いと言う方には強くお薦めは出来ません。逆に、アニメ版とは少し違った「マクロスF」を見たい方や、アニメ版の補完をしたい方にはお薦めです。特に、大人組が好きだったり、マクロスF以前の作品を知っている方は楽しめるかもしれません。

また、購入前に見たレビューの中には出てくる単語がよく分からないと言う意見もありましたが、雰囲気さえ分かれば意外と大丈夫でした。敢えて言うなら、造語以外にも、普段は使わないような言い回しをする単語が出てくるようには感じました。

 

※ここから先は、すごく個人的な感想になります。

 

大人組が好きだった人にはお薦めだと述べましたが、それはズバリ私自身がそのタイプでした。アニメを見てから私は「キャシー・グラス」推しでした。小説を読んでからは「グラス親子」推しに変わりました。ここが、もうピンポイントで、個人的にすごく面白かった部分です。

一言で言うと、小説版だと「ハワード・グラス」がきちんとした大人でした‼︎

「ん?」と思われる方もいるでしょう。まず、ハワードが誰だか分からない人のために説明すると、彼はフロンティア船団の第4代大統領です。キノコ頭の補佐官に暗殺された、あの人。名前の付いている登場人物の中では出番が少なく、キャシーの父親だから印象に残っていましたが、キャシーと関係がなかったら名前も覚えず「大統領」で終わっていたかもしれません。

さて。アニメ版のハワードは影が薄いだけでなく、典型的な無能政治家として描かれていたように思えます。首席補佐官に言いように使われている印象が強いです。映画版だと、そこに非人道さが加わってますます悪印象です。なので、私はアニメ版と映画版のフロンティアに常々疑問を感じていました。どこにと言うとーーグラス親子の関係性に。

元々、アニメ版と映画版の中に、キャシーとハワードの個人的な会話はあまりなかったです(と私は記憶しています)。冒頭の電話のシーンは、言葉を交わしているとは言え、仕事用の通話でした。それでも、キャシーの言動から、家庭に問題を抱える人物が多いフロンティアの中で、グラス親子は良好な関係を築けていそうな雰囲気を感じます。

【親子の仲を示していそうなキャシーの言動】

(1)割と頻繁に「大統領、父」と「お父様」とを言い間違える

(2)ハワードの不正を疑いはするものの、基本的には信じている

(3)↑実際に映画版では、ギャラクシー船団を見捨てると言う非道な決断をハワードがする筈がないと主張し、事実を知ってショックを受ける

(4)婚約者より父親優先

(5)父親の死に号泣

etc......

キャシーはお父さんっ子なのか、可愛いなぁ〜と見ていたことを思い出します。

しかし、娘のキャシー側からハワードに対する描写に感じた疑問が一つ。キャシーはハワードを尊敬しているように思えます。言い方が悪くなりますが、「キャシーはハワードの何処ら辺を尊敬しているのだろうか」と言う疑問です。無論、大統領に就任する位なので、描写されなかっただけで有能だとは思いますが。どうしても、ハワードは日見寄りで部下に踊らされている印象が強いです。また、「ハワードがキャシーをどう見ていたか」と言うことも描かれていません。これは、ストーリーの展開上なくても当然なんですが、やっぱり自分の好きな登場人物に関係する情報はどうしても気になってしまうものでした。

しかし!アニメ版で解消出来なかったその不満が、小説版では解消されます!!

小説版でハワードの株は上昇。行動が大きく変わった訳ではありませんが、内面描写が入ったことで、彼が自分の限界を感じながらも上手く立ち回ろうとしていたことが分かりました。戦時下の政治家としては優しすぎて欠点は多かったけど、親としては十分立派な人でした。

以下、小説からの引用です。Kindle購入なので、ページ数ではなく位置No.の表記です。

人々は彼を英雄とたたえるだろう。だが、そんなことを彼は望まなかった。任期を大過なくまっとうし、次の世代に船団を引継ぎ、そしていつか緑の星に移民する。それだけでよかったのだ。

(私はただ、娘に揺れない大地と、青い海を与えてやりたかっただけなのに)

バジュラが憎かった。そしてそれ以上に、彼は自分が憎かった。卓越した行政官としての手腕も、粘り強いネゴシエーターとしての実力も、宇宙の戦場では何一つ役に立たない。クリケットの応援席に座ることが出来るのと、クリケットをするのにはあまりにも違いが有りすぎる。

 

出典:小太刀右京マクロスフロンティア VOL.2 ブレイク・ダウン』、東京:角川スニーカー文庫、位置No.4058-4065

自分の能力が戦争に役立つものではないことを知っていながら、彼は娘を含めた次世代に希望を託すために、椅子から退くことはしませんでした。ハワードの最期はアニメ版と同じで、三島の陰謀により銃殺されてしまいます。その最期のときにも、ハワードはキャシーの未来を願っています。割と、本気で、自分の好み過ぎてビックリしました。アニメ・映画版でキャシーが見せた父親への信頼。小説版のハワードは、その信頼に応えています。

 

まとめると、私がそうだったように、ピンポイントでウケる人には凄くウケる小説です。アニメの余白を埋めると言う意味では、楽しめる人も多そうです。因みに、主観ですが、登場人物の精神年齢が全体的に上がっているように感じました。アニメ版より生々しい描写が出てきますが、そんなにガッツリしたものはないので、潔癖でなかれば大丈夫だと思います。

羨ましい!けど、共感も出来る青春群像劇『吉野北高校図書委員会』

吉野北高校図書委員会』は、山本渚による、図書委員会を舞台とした高校生たちの群青劇を描いた恋愛小説です。

 

普通の高校生達の青春が読みたい‼︎という人にはオススメです。反対に、スーパーヒーローが出てくるような話が読みたい恋愛が成熟する話が読みたいという人は楽しめないかも知れません。

 

世の中には少年少女たちの恋愛事情を描く作品は沢山あります。様々なバリエーションに富んだ作品が並ぶ中で、この小説の特徴は「登場人物の平凡さ」だと私は考えています。現実的な世界を舞台としていることに加え、主人公たちのスキルも一般的。作品の中で、勇者になったり、貴族になったり、作家や漫画家として活躍したりーーということは、一切ありません。題名にある通り、吉野北高校という学校で図書委員会に所属している高校生たちが、周囲の変化や自分の感情に振り回される御話です。

 

あらすじ

物語の舞台となっているのは徳島県にある真面目な校風を持つ進学校です。図書委員会に所属している高校2年の川本かずらは、周囲から「ゴールデンコンビ」と命名される程仲の良かった男友達の武市大地に彼女が出来たことで、大地への微妙な想いに気付きます。しかし、大地の彼女は、かずらにとっても大切な後輩。そして、かずらの中にある大地への感情は、恋愛感情とは言えません。何とも言えない淋しさを抱え、自分の感情の落とし所を見つけられないままのかずら。そんなかずらに想いを寄せる同じ図書委員の藤枝高弘。高弘は高校デビューに失敗し、一年生の頃は留年ギリギリの不登校生でしたが、かずらに出会ったことがきっかけで不登校を脱した少年です。かずらのことをよく見ているからこそ、かずらの変化や悩みに気付いた高弘。彼はかずらは大地のことが好きなのでは、と疑念を抱いています。

そんな中、大地が「彼女と別れるかも」と言い出してーー。

 

 

感想

高校生たちの青春に悶える小説です。

「はぁ〜、良いなぁ…可愛いなぁ…」としみじみ噛み締めて読み進めていました。

名前がある登場人物は皆良い子なので、基本的に穏やかな精神でいれます。大きなイベントを登場人物たちがどう乗り越えるのかを楽しむというよりは、懐かしさと共に微かな羨望を感じつつ楽しむ物語です。

私は先に、この小説を恋愛小説と述べましたが、個人的には青春小説だと思っています。恋愛を主軸に置いている青春小説。まぁ、それを恋愛小説だと言うのだと言われれば「そうですね」としか言いようがないのですが。

ただ、結末のネタバレになるのですが、恋愛小説でのハッピーエンドを「主人公が誰かと結ばれる」ことだと考えている人の場合、この小説を十分に楽しめないということに注意して欲しいです。そも、川本かずら自体が「いつか別れることになる位なら、恋人はいらない」というような考え方をしていた少女なのです。少なくとも1巻の中では、かずらも高弘も誰とも結ばれることはありません。

最後に、この本の中には2つのエピソードが収録されており、1つ目は題名と同じ名のメインエピソード「吉野北高校図書委員会」、2つ目は大地の彼女が主人公となった「あおぞら」。主人公と誰かが結ばれる話が好きな人は「あおぞら」は楽しめるかもしれません。1つ目と比較すると短いです。主人公のベクトルが一気に変わって、可愛い要素が高まる御話だと思います。